あなたは本当にUXデザイナーになりたいのか?学校では絶対に教えてくれないこと。

この記事はChris Kiess氏が2018年8月29日に公開した記事「Do you really want to be a UX designer?」を、著者の許可のもと日本語に翻訳しています。

何が人々にUXデザイナーになりたいと思わせるのか、なぜこの道でキャリアを積もうとするようなまともな人間がいるのか、私はよく考える。一歩下がり、デザイナー業で求められる挑戦や困難、試行錯誤を見つめてみると、なぜ多くの人々がこのキャリアを選び、そこに残るのか分からない。そして、若手のデザイナーたちが、何に足を踏み入れたのか本当に理解しているのか、考えてしまうのだ。

UXは成長している分野で、ホットなキャリアに人々は惹かれる。彼らは学位のために多大な資金を使い、時間を投資し、努力を重ねて、一番の職に就こうとする。このようなスケールの投資を一度始めてしまうと、我々の多くはそのまま進み、残ることの他に選択肢はないと感じる。

これはおそらくデザイナーの多くが直面している問題だろう。どこかのサイトの「ホットでニューなキャリア」との紹介に従って分野を選択し、学校やプログラムを探し、自分に向いていない職に就き、そして凡庸なキャリアを歩み始める。もし、全てをもう一度やり直さなければならなくて、どのような困難が待ち受けているかを知っていたら、彼らのうちの何人が違う選択をするだろうか?

最初は、自ら選んだ職業に関して、私があまりにネガティブになっているように見えるかもしれない。だが誤解しないで欲しい。私にとってUXデザインは良いキャリア選択だった。しかし、この職業固有の苦悩なしにはそれはありえなかった – 私が予想だにしなかったような困難が待ち受けていた。私が想像もしていなかったことや、大学院で学ばなかったことに多く直面してきた。

UXが大きな変容を遂げる中で、この分野での私のキャリアは成熟した。キャリアの過程では、授業で一切学ばなかったことで、職場で習得しなければならなかったことが多い。実際、今日の私も新しい技術を学んでいる。もし過去の自分に手紙かエッセーを書くのであれば、若き日の私に忠告できたことは多い。

以下に、若かりし日の私に伝えたいことを記していく。

日々の却下に慣れよ。それが日常だ。

通常、UXは商品コンセプト作成の最前線に位置を取る。それは、これまでの人生で経験してきたであろう他の創造活動における苦悩と似ている – 執筆、キャンペーン広告、芸術、そして科学的研究に至るまで。あなたはアイデアマンであり、製品に関するアイデアを最初に共有するため、最前線に立つことになる。あなたは商品のベースを提供し、漠然とした何かを形にしていくその人なのだ。

あなたはアイデアを思いつき、それでいくことにする。あなたはそのアイデアを絞り出し、磨き上げ、最初の提案書に手を入れていく。しかし、世界にそのアイデアを披露するとき、それが本当の仕事が始まるときなのである。

やっとの事で学位を取得し、最初の職を確保したのも束の間、いつの日かあなたは会議に赴き、誰かにあなたのアイデアを無残なまでに冷酷に切り捨てられるだろう。何が最悪か知りたいだって?おそらく彼らが正しいということだ。あなたのアイデア、あなたの最初の提案書は上手くいかない。そして、もしあなたが自分に正直であるならば、これが真実だということを知っているだろう。これよりさらに悪いことが何か知りたいだって?14年の間デザインをしていても、これはまだあなたの身に起こり続けるのだ。玉石混交の中から、玉を探し出すことは上達した。しかし、私は今でも習慣的に悪いアイデアを思いつくし、最低でも週に一回は却下されたり、差し戻されたりしている。

こに、図太く育ち、やがて蝕んでくるであろう自己懐疑への対処法を学んだ者からの少しばかりのアドバイスを載せよう。成功者とそうでない者の違いはほんの僅かである。成功者はより多くを生産する。より多く試行する。より多くの良いアイデアを持っているわけではない。彼らはただ、より多くを生み出し、結果的に悪いアイデアの山に埋もれた偉大なアイデアを発見することが多いだけだ。歴史上の最も偉大な作曲家、発明家、創造者たちの中には、有名になった作品を遥かに超える数の、ついに日の目を見なかった作品を生み出した者がいる。デザインし続け、生産し続ける。そうしたら、あなたの能力は上昇し、より良いアイデアを見つけられるだろう。

あなたの最大の恐れは、真っ白なキャンバス。

新しいアイデアや問題に対する新たな解決策を思いつくのは、簡単ではない。プロジェクト責任者や利害関係者に絶えることなく締め切りの圧力をかけられるためだけに、苦しみ抜くことになるだろう。UXは、生産ラインでの仕事や職場のその他の作業とは違う。思考を必要とする – 時として、深い思考を。

始めは、真っ白なキャンバス、アイデアの枯渇、そして創造的プロセスの非常な複雑さの全てを恐れるだろう。しかし、時が経てば、自分の創造的エネルギーの活かし方、絶望との向き合い方を学ぶだろう。あなたは協力の仕方、そして偉大なるデザインとは、あなたのアイデア単体ではなく、あなたのアイデアと、あなたの同僚のアイデアとのコラージュであることを知るだろう。それでもなお、キャリアを通して悪い日が訪れることだろう。アイデアが思い浮かばなかったり、問題への良い解決策が見つからなかったりする日が未だに残るだろう。あなたは常に白紙のキャンバスに対する健康的な恐れ、それどころか一定の尊敬すら抱くだろう。

言い換えると、物事はほんの少しだけ良くなるということだ。偉大なアイデアや解決策、デザインを日々、いとも簡単に引き出すことを人々が期待するようなキャリアをあなたは選んだ。簡単に物事が進むわけもなく、どの立場に立ったとしても、あなたはこの問題と向き合うことになる。

自分が有能だと思っていたら、あなたはおそらく有能ではない。

キャリアの序盤、自分が生み出した全てが良いものであると思っていた。そして数年後、私は自らの作品を振り返り、「なんだこれ。本当にゴミじゃないか」と言う。どのようにして以前の作品を、使い回された巨大なゴミの山以上のものと思えたのか、私は不思議に思う。今でもそうだ。自らの昔の作品を振り返ると、ミスを見つけずにはいられない。

自己懐疑は健康であり、どのような創造的プロセスにもつきものである。もし自らが創っているものが素晴らしいと思うのなら、ほとんどの場合、それは素晴らしくない。自分を壊すことなく、より良いデザインや解決策、アイデアへと自らを追い込めるよう、自己懐疑とその内なる独白とのバランスの取り方を身につける必要がある。そして、それはとてつもなく難しいことなのだ。

自らの作品や創造品を客観的に見つめるのには、普通、距離が要る。自らの作品より、他の誰かの作品を批判することの方が余程簡単である。しかし、アーティストとして熟し始めると、自らのアイデアに疑問を投じる能力、そして健康的なレベルの自己懐疑を維持できたとき、現在の自分の作品をより批判的に見られることに気がつくだろう。これは難しいバランスであり、あなたは常にこれに苦労するであろう。

数日間 – 時間があるなら数週間 – 自らのデザインを引き出しにしまうか、傍に置いておいてみよう。私はいつも、潜在意識が他のことに働きかけている間にできるような、ちょっとしたプロジェクトを側に用意している。他のことをしてから、新鮮な目でデザインに戻ってこよう。よくデザインの精神に浸かっている時には見えなかったものが、見えてくる。しばしば、デザインを新しく捉え直すことができるだろう。

自分を有能だと思える日は来ない。

あなたがUXをマスターすることはない。ただ、デザイナーとしては成長するだろう。しかしながら、UXの分野も進化し、成長する。従って、常にその境地は自分の能力が及ぶ範囲の少し外側(それよりずっと外でなければであるが)に佇むだろう。要するに、過去の栄光に甘んじられたり、最後のプロジェクトと同等の成果を出せたりする日は来ないのだ。

これに対する論点は、新たなアイデア、コンセプト、そしてテクノロジーで溢れ返っている分野の中にいて、常に知的刺激を得られるということだ。あなたが不快適の中で快適でいる術を習得できたならば、飽きることなどほとんどなく、常に新しいキャリアの方向性を見つけられるだろう。しかし、自らが有能で、正しいと思える日は来ない。

あなたは永久に誤解され続ける。

あなたが会うほとんどの人はUXに価値を認めないだろうし、あなたのすることを理解しないだろう。今日、UXは未だかつてないほどに普及している。よって、これを理解してくれる組織、そして組織の中の人々を見つけられるだろう。しかし、あなたがそのようでない人々と組織の中で働く確率の方が遥かに大きい。

あなたの仕事と時間の大部分は、教育と活動に費やされるだろう。あなたの仕事の内容とデザインが最終商品をどのように影響し得るかを同僚に理解してもらうために、教育をする。あなたは仕事をする組織の中で、ユーザーエクスペリエンスを提唱し、根気よくデザイン思考を主張し続けるだろう。

これら全てを通してもなお、しばしば、自身が誤解されていることに気がつくであろう。あなたは争いに負け、プロジェクトを失い、時として理性までも失うこともあるだろう。最もうるさい声だけが耳を傾けられ、文字通りの言い争いがプロジェクトの方向性を決定するような会議もあるだろう。

その幾つかでは、あなたは勝つだろう。だが、ほとんどの日は負けてしまう。最終的に、勝つことで得られるものがその代償より価値のあるものではないことに気がつくだろう。そして、誤解されていることを嘆きつつ、いつの日か、他者が自分を理解することよりもはるかに自分が他者を理解することの方が重要だということに、あなたは気がつくだろう。

人とのつながりは貴重であり、なによりも重要である。UXは人とのビジネスであり、もしヘッドフォンをつけて世界を遮断し、正しいデザインを創れば成功できると考えているなら、あなたは間違っている。あなたの成功は、第一にアイデアを売る力にかかっている。それには対人スキルと人とのつながりの発展が求められる。

デザインのビジョンと哲学を培い、発信せよ。

これを理解するには多くの年月がかかる。UXが美学を超越するものであること、それが問題を解決し、複雑なものを簡単にするものであることをあなたは学ぶだろう。これらは全て決まり文句であり、長い道のりの中で拾い上げることだろう。しかし、商品にヴィジョンを、自らのアプローチに哲学を持つことが何を意味するのかを理解するのには、少々時間が必要だろう。

ビジョンとは、自分がどこにいたいかである。あなたがデザインした成功体験を語る新聞記事の見出しとして、あなたが見たいものである。ビジョンはあなたが目指す方向の水平線上に存在する行き先である。デザイン哲学はあなたのビジョンを先導する。

これは条件や利害関係者の要請に関してのことではない。あなたのユーザーが求めるものや研究が指し示すところに限ったことでもない。これらの重要な点を考慮しつつ、しかしそれらにあなたの道のりや方向を大きく逸らさせないように、ビジョンはその全てを超えて佇む。

デザインのビジョンと哲学を培えた時、あなたはもう既にキャリアの転換点を迎えていることだろう。しかしもう一度、これを理解するには何年間もかかるであろう。

何事よりも、意味を求めよ。

技術を学び、ピクセルを押し、新たな道具を習得し、「正しい」プロジェクトを探し出すのに、あなたは何年も費やすだろう。その「次善のポジション」を担保するポートフォリオを作り上げる傍ら、苦悩を重ねるであろう。そのようにしてあなたは、潜在的な雇用者に対するあなたの魅力を底上げするようなプロジェクトとあなたの作品の見栄えに集中するだろう。

砂漠にいて蜃気楼を追いかける者のように、あなたは指先から流れ落ちる砂を確かめるためだけに水に手を伸ばすであろう。あなたの仕事における真の満足感は、人目を引くスプラッシュページのツヤがかった装飾やほとんど実用性のないインターフェースの美しさに見つかることはない。自分の為すことに目的意識を見出そうとした時にこそ、本当の満足感は得られる。正しい道具とスキルで何か美しいものを想像することは、目的と意味の副産物に過ぎないのだ。

一日の終わりに仕事場を出る時、あなたがいたことにより、プロジェクトがどのように改善されたのか、自分に聞いてみよう。答えられなくなった時、自分の仕事に目的や意味はもはや存在しない。何よりも、意味を見出そう。そして、もし日々の習慣に見出すことができなければ、他の場所を見つけ、旅を続けよう。

だから私はこう聞くのだ:あなたは本当にUXデザイナーになりたいのか?あなたは本当に先に待ち受ける茨の道の準備をできているのか?あなたはもう一つのピクセルを押すために毎朝起き続けながら、年々の失敗、拒絶、そして焦燥感を切り抜けられるのか?

もしこれらの質問への答えがイエスなのであれば前へ進め、若きデザイナーよ。だが、もし不確かさがあなたの精神を苦しませるのであれば、先に警告されるがよい。苦悩はほとんど止むことがない。しかし、もし苦悩を挑戦と捉えることができれば、あなたは正しい心構えを持っている。

もしあの時の私が、今自分が何をしているのかを知っていたなら、それでも私はこの分野に足を踏み入れただろうか?もしかしたら、もっと早く頭角を現していたかもしれない。しかしより高確率で、経験を通して学ぶ必要のある教訓をただ与えられたことで、裏切られた気分になっていただろう。その言葉を信じることを拒否さえしていたかもしれない – それが例え将来の自分自身の手によって書かれたものだとしても。

もしあなたがUXのキャリアを考慮していて、図らずともこの文章を読んでいるのだとすれば、あなたは既に警告を受けている。しかしそれでも思い留まっていないのだとすれば、真っ白なホワイトボードかキャンバスに歩み寄り、恐怖と向き合い、最初のアイデアを生み出すことを要請する。拒絶と誤解に対する準備をしよう。なぜなら、あなたは有能ではないからだ – もし自分がそう思っていたとしても。そして、自らが有能だと思える日は決して来ない。しかし、もしあなたがデザインのビジョンと哲学を培い、発信することを学ぶことができれば、もしあなたが人とのつながりを培うことができれば、あなたは私の失敗を回避できるだろう。

前へ進もう。目的を見つけよう。そして何よりも、自分の作品に意味を見出そう。

この記事が参考になったら、シェアをお願いします